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◆広島9x―8阪神=延長10回=(1日・マツダスタジアム)

 虎が球史に残る泥仕合を演じた。9回で両軍合わせて26四球のプロ野球記録に並び、延長の末、27四球と1死球が乱発した大乱戦は、延長10回にサヨナラで敗戦。「勝たせてあげたようなもの」。5時間24分のタクトを終えた金本監督は、怒りを通り越してあきれ顔だった。

【写真】広島・安部に盗塁を許す阪神・上本

 延長戦に入っても自滅の連続だった。無死一塁からドリスがけん制悪送球で1死二塁とすると、遊撃で途中出場のドラフト5位の糸原が平凡なゴロをファンブルした末に一塁悪送球。1死一、三塁とピンチを広げ、ジ・エンドとなった。昨季はリーグワーストの97失策の守乱に泣いたが、今季は開幕戦の3失策に続く4失策で数字上は500失策ペースだ。

 試合後の指揮官が名前を挙げて糾弾したのは、高山と上本だった。高山は8回無死、菊池の左飛を落球。上本は6回無死一塁の安部の二盗で、梅野のアウトのタイミングのストライク送球を取り損ねた(記録は失策つかず)。「自分の範囲のノーバウンドはノー文句で捕らないと。最後の糸原はルーキーだし、あれは責められないと言えば、責められない」と、攻撃面では開幕から好調の1、2番コンビに猛省を促した。

 さらに報道陣に自軍の与四球の数を逆取材し、13の数字に「ハ~ッ」と深いため息をついた。開幕戦を62年ぶりの2ケタ得点で飾った勢いを生かせないミスの連鎖。「勝ってもおごらず、負けてもくじけず」が今季のモットーだが、あまりにもダメージの深い黒星だった。(島尾 浩一郎)

金本監督、まだ始まったばかりです。挽回、挽回!!!
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「今だから言えるナイショ話」(21日放送分/TBS)では、川崎フロンターレ・大久保嘉人と元サッカー選手・三浦淳寛が出演。国見高校出身の二人は「今だから言えるハードすぎる練習法」として高校時代の恐るべき練習内容を明かした。

番組序盤は不倫スキャンダルから復帰したタレント・矢口真理に対し「部屋で元旦那と遭った?」などと直球で質問をぶつけ、番組を盛り上げた大久保。番組後半でも先輩・三浦とともに国見名物“地獄のたぬき山”について語り、周囲のゲスト達を驚かせた。

三浦は「間違いなく高校の中で日本一キツイ。3年間で休み1日半」と切り出すと「国見高校の裏に5キロ登って、5キロ降りてくるたぬき山っていう山がある。ただでさえ練習はメチャクチャキツいんですけど、ピピって集合になる。“やっと終われる”って思うんですけど(監督から)“おい、お前らササっとたぬき山行って来い”って言われる」と“地獄のたぬき山”を説明した。

さらに「サボッたりすると国見町ってスパイが多いんです。途中で引き返そうとか歩いたりしていると小嶺監督の方にすぐ(町の人から)チクリが入る」と苦笑い。大久保も「試合も含めてなんですけど1日に72キロ走った時があった。夜はさすがにキツくて6人くらい救急車で運ばれました。1日3試合とか当たり前」と明かすと、ここでも三浦は「試合中に足をつって伸ばしてるとたぬき山が待ってる。練習量が足りないって」と話し、その恐ろしさを語った。

楽して成功なんてありえないんだね。。。
田中将大の月間MVPの快挙から遡ること19年 メジャーに衝撃を与えた野茂英雄の記憶

野茂以来19年ぶりの受賞となった、田中の月間MVP

今やヤンキースのエースとして、チームに欠かせない存在となった田中将大。先日、MLBから5月のア・リーグ投手の月間MVPに選出された。

 5月は6試合に投げて、5勝1敗。防御率1・88。6月の初陣となったアスレチックス戦でも勝利し、開幕から12試合連続でQS(クオリティー・スタート=6回以上を自責3以内に抑えること)をクリアしている。

 日本人投手では過去、1995年6月、96年9月に野茂英雄(ドジャース)、98年5月、99年7月に伊良部秀輝(ヤンキース)、打者では2004年8月にイチロー(マリナーズ)、2007年7月に松井秀喜(ヤンキース)が受賞しており、田中は5人目の快挙となった。

 田中自身も「アメリカではなかなか取ることが難しい賞だと思います」と話しているように、ハイレベルな強者たちがひしめく中で、同賞を獲得するのは大変なことだ。よほど際立った成績を残さない限り、選出はされない。田中は防御率が1点台だったことも高く評価されており、日本人がメジャー1年目で獲得するのは野茂英雄以来、19年ぶりとなった。

95年6月、野茂英雄が残した驚異的な数字

 では、野茂が95年6月に受賞した当時の活躍はどのようなものだったのか。結論から言うと、先月に田中が残した輝かしい成績を上回っている。2完封を含む6試合6勝、防御率0・89という驚異的な数字だった。

 当時、26歳だった野茂は5月2日のジャイアンツ戦で、5回無失点(勝敗つかず)でメジャーデビューを果たした。同7日のロッキーズ戦では5回を持たず7失点と散々な結果で、順調なスタートとはいかなかった。「もっとレベルアップしてかないと打たれてしまう」とコントロールや間合いなどレベルアップに努めた。

 そして、メジャー7試合目の登板となった6月2日のメッツ戦で9回途中まで2安打1失点と力投し、うれしい初勝利。日本人投手としては1965年の村上雅則氏(ジャイアンツ)以来の勝利となり、先発投手しては初めてのことだった。当時のラソーダ監督は涙を流しながら、その活躍を喜んだ。

 ここから勢いは止まらなかった。同7日のエクスポズ戦で8回を投げて1失点で連勝。14日のパイレーツ戦ではトルネードがうなりを上げて、メジャー移籍後最多の16奪三振の好投を見せ、8回3失点で3連勝を飾った。19日のカージナルス戦では8回1/3、2失点(自責点1)で4連勝。メジャーリーガーたちも、独特のフォームから繰り出される重い直球と、鋭く落ちるフォークボールをなかなか打つことができなかった。

日本人選手の活躍が「トルネード旋風」を想起させる

 さらに圧巻の投球は続く。6月24日のジャンアンツ戦。ドジャー・スタジアムは熱狂に包まれた。野茂はついに初完投を完封で成し遂げた。約130球を投げて、毎回の13奪三振。たった2安打の完封劇だった。

 相手打者にはバリー・ボンズもいた。「最後まで投げられてうれしいです」と喜びを語った野茂は6月最後の登板となった29日のロッキーズ戦でも圧倒的なピッチングを見せ、なんと2試合連続の完封勝利。6月6連勝をマークし、月間MVPを決定づけた。この時、防御率も2・05でリーグ2位につける数字だった。

 月間MVPに選ばれた野茂は文句なく、その年のオールスターゲームにも選出された。もちろん日本人初の快挙だった。ブレーブスのマダックスを抑えてナショナル・リーグの先発投手を務め、2回1安打無失点、3奪三振の快投を見せた。大物メジャーリーガーの仲間入りを果たした瞬間だった。

 そのシーズンは13勝6敗、リーグ2位の防御率2・54をマーク。236奪三振で最多奪三振のタイトルも獲得した。その後の96年のシーズンではノーヒットノーランを達成するなど、日本人先発投手としてのパイオニアとなり、メジャー通算123勝と日本人選手の価値を高めたのだった。

 そして今年、海を渡ってやってきた田中将大が名門・ヤンキースで大活躍を見せている。田中だけでなく、レンジャーズのダルビッシュ有やマリナーズの岩隈久志らも好調をキープしている。今年のオールスターでは彼らの雄姿が見られるかもしれない。全米は今、日本人投手の活躍に当時の「トルネード旋風」のような衝撃を受けているに違いない。

野茂さんは本当にすごかった!
長友の“鋼の肉体”の秘密 個人トレーナーが大公開

木場克己  日本代表DF長友佑都(27)は欧州ビッグクラブの名門インテル(イタリア)で大きな存在感を発揮している。代表でも不動の左サイドバックとして活躍する長友を陰で支えてきたのがパーソナルトレーナーの木場克己氏(48)だ。長友は6月のブラジルW杯と「世界一のサイドバック」になるため、どう取り組んでいるのか。長友の肉体を支える“相棒”が本紙インタビューで舞台裏を大公開した。

 ――なぜ長友の個人トレーナーに

 木場氏:きっかけは特別指定でFC東京に入ってから(2008年)です。当時ヘルニアを抱え「どうしたらいいですか」と訪ねてきた。そこでインナーマッスルや脇腹の筋肉を鍛えることを提案し、そこからお尻の筋肉を作ったらもっと強い体になるんじゃないかというのがスタートです。

 ――フィジカル力は長友の代名詞。強力なパートナーだ

 木場:そこは本人に聞いてもらわないと(笑い)。佑都は何事にも積極的でしたし、どんどん懐に入ってきた。出会った時は、すごく伸びる選手なのかも、とは思いましたね。実際、自己管理もすごい。自宅には栄養やトレーニング、メンタルに関する書籍が並び、足裏マッサージの本まで。とにかく勉強熱心です。

 ――なでしこジャパンFW大儀見優季(26=チェルシー)も担当する

 木場:オフに一緒にトレーニングすることもありますが、ストイックさでは大儀見さんかな(笑い)。「長友さんに負けたくない」と言うから、砂浜でチューブをつけ、男子と同じ負荷の練習させて…。2人とも意地を張るタイプなので、わざと競わせるようにやることもあります。佑都も負けず嫌いだから100%で取り組む。相乗効果はありますね。

 ――イタリアでプレーする長友と連絡は

 木場:メールと電話ですね。ちょっとでも不安があると、連絡があります。違和感のある患部を写メで送ってきて。そういうやりとりは常にしていますよ。イタリアとは時差があって、彼が落ち着くのは現地の夜になってから。日本では朝4時くらいの時間帯になるんですが、彼のために早起きしています。

 ――どんなテーマで強化に取り組んでいるのか

 木場:基本的に一年一年の目標を設定しています。南アフリカW杯後は「安定」。次のシーズンは「動き出しの一歩」。その次は「軸作り」。今季は「馬力」です。(昨年6月)コンフェデレーションズカップであまり動きがよくなく、フィジカルが足りないと感じたようです。それで馬力をつけるため、インテルに頼んで練習場に坂路を造ってもらった。

 ――専用の急坂を毎日ダッシュしている

 木場:チーム練習の後に居残りでやるんです。チームメートは「まだやっている。もうメシだぞ」とか言っているけど、どんなにきつい練習の後でも欠かさない。世界に行くために足りない部分を、彼は感じているんですよ。自分のウリがフィジカルとわかっているので、手を抜かない。

 ――徹底して取り組む

 木場:彼は自分のやっていることが正しいという自信がある。毎日の体幹練習も欠かさない。イタリアに行った際、インテルの練習場まで同行したら突然「練習○分前だから少し寝る」と車の中で仮眠したんです。その姿を見て、しっかり自分をコントロールできていると感じました。

 ――「世界一のサイドバック」に向け成長する

 木場:23歳くらいのときはガムシャラに走って勢いだけというか。総合的に言うと、この4年間で落ち着きが出ました。年齢を重ね、代表でも確固たる地位を築いたし、自分がチームを引っ張らないといけない立場になったことも自覚している。インテルでも同じだけど、それがピッチでのプレーにも表れている。

 ――ブラジルW杯でも期待できる

 木場:本人は「努力は裏切らない」と言っているので、それが正解かな。昨年は「W杯でメチャクチャ活躍しますから」「自分が活躍する場面がわかる」とまで言うんです。インテルでも活躍しているし、自信があると思いますよ。

 ☆こば・かつみ 1965年12月26日生まれ。鹿児島県出身。学生時代は柔道やレスリングに取り組んだが、ケガで断念。その後は鍼灸師や柔道整復師の資格を取得し、トレーナーに転身した。FC東京でトレーナーを始め、横浜FCメディカルアドバイザー、広島の育成コンディショニングアドバイザーなどを歴任。元日本代表DF宮本恒靖氏、同MF福西崇史氏の個人トレーナーも務めた。

やっぱり成功する人は違うんだよ!!!
闘病中の妹に恩返し 葛西の思いが銀色のメダルに

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念願のメダルを獲得した葛西は表彰台で歓喜のジャンプ!  ◇ソチ五輪ジャンプ男子ラージヒル(2014年2月15日 ルスキエゴルキ・センター)

 大ベテランの歩んできた道のりは決して順風満帆ではなかった。表彰式で代名詞のダブルピースを連発する姿からは想像もできないが、競技面での挫折だけでなく、数々の苦難を乗り越えた苦労人の側面も葛西にはある。

 前回メダルを獲得した94年リレハンメル五輪の頃、妹の久美子さん(36)が血液の難病を患っていることが分かった。さらに長野五輪前年の97年には母・幸子さんが火事に遭って48歳の若さで他界した。95年には葛西自身がジャンプの転倒による左鎖骨骨折の重傷を負い、その後もケガには悩まされ続けた。

 競技環境も安定しなかった。最初の所属先だった地崎工業は長野五輪後に廃部になり、その次のマイカルも02年のソルトレークシティー五輪シーズンに廃部となった。そうした苦しい時にいつも支えてくれたのは家族。メダルを獲った葛西の口からは自然と感謝の言葉が出た。「僕を産んでくれた両親、いつも僕を支えてくれた一番大事な母、母が亡くなってから僕を支えて応援してくれた姉、妹にもメダルを獲って恩返しがしたいと思っていた」

 久美子さんは肺炎をこじらせて昨夏から入院生活が続いている。葛西は地元に帰るたびに見舞いに訪れ、先月W杯で優勝して帰国した後もすぐに駆けつけた。久美子さんにとって五輪やW杯に限らず、国内大会でも葛西のジャンプをテレビやインターネットでチェックするのが何よりの楽しみ。今大会前には「紀明なら行ける。絶対にメダル獲れるから、何も心配しないで飛んで」と激励のメッセージも届いた。葛西は「重い病気の妹もこの2位というメダルを獲れたことで元気になってくれると思う」と願いを込めた。

 これまで大事な試合には母からもらった手紙を持参してお守りにしてきた。しかし、今回は持ってこなかった。「支えにもなるけど自分の気持ちが弱い時にああいう手紙を見ていたんだなと気づいた。今シーズンはもう強い気持ちを持てていたので、そういう助けは必要なかった。自分を強くもってソチに来た」。家族に支えられてきた男は、今度は自分が支える覚悟を決めた。その思いが銀メダルとなって結実した。

おめでとうございます。私も頑張ります!!
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